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もう限界!自宅介護が破綻するとき

介護のイライラ

この世の介護現場すべてを見たわけではないけど

まあ、いくらなんでもすべてのお家を見たわけでもないですし、すべての介護施設を見て回ったわけではありません。訳知り顔で「全部知ってるze☆」と言うほど恥知らずでもないつもりです。

とはいえ、訪問介護員を長いことやっていますと様々なご家庭を垣間見る機会が多くあります。各々の家庭事情や環境を見て・聞いて・関わるということ、こればかりは一般の方に比べてももちろん、同業者の中でも訪問介護が群を抜いてると自負しています。

なにせ人様のお家に上がり込んでサービス提供を行うわけですから。

訪問介護員が実際に遭遇したケース

破綻している、破綻しかかっている状態になって初めて介護サービスを頼る方は結構多い印象があります。

ずっと頑張り続けてきたけどどこかのタイミングで限界が訪れてやっと誰かに助けを求めてくれたり、被介護者の体調不良~入院を経て他者の介入があったことでどうにか受け入れ、ある意味で諦めてもらえるケースもあります。

家族介護が破綻するパターンにも何種類かあり、

①配偶者や親族に介護を押し付けられたまたは断れない状況になった
②主介護者以外に介護を担う親族や頼れる人がいない
③もう長くないと言われて介護を始めたら体調を持ち直した
④経済的な事情がある
⑤被介護者が重度の認知症、または完全な寝たきり状態
⑥主介護者が高齢、持病がある

思い出せる範囲でもこれらのパターンがあります。

それぞれについて詳しくはまた別に語るとして、たかだか私一人分の経験ですら目の前で破綻してしまった、破綻しかかった方たちを目撃してしまっているのです。もっと潜在的な、表に出てきていない破綻リスクを抱えた家庭はさらに多く数えきれないほど存在しているのだと思います。

そもそも介護は誰がするもの?

介護は家族がするもの、親の面倒は子供が見るもの、旦那の親は嫁が面倒みるもの、令和の現代においてこの考え方は一昔前の考え方だと言われます。

しかし現実問題、家族が介護をすることにこだわる方も一定数いるのもこれまた事実。

この考え方そのものはまったく悪ではなく、育ててくれた恩を返そうと、自分にできることをしようと献身的になることは素晴らしいことだと思います。

介護する側もされる側も毎日楽しく、とまではいかなくとも、大きすぎるストレスを抱えずに穏やかな生活を送れているならば他人が口出すものではありませんし、この介護する側の思いが「介護したい」なら良し、せめて「ま、仕方ないよね」と納得できているのであればいいのです。

これが「私が介護しなければならない、せざるを得ない」「もう逃げ出したいのに逃げられない」と追い詰められた感情を抱えた状態になると早晩破綻しかねません。経験上言わせていただくと、八割方が大なり小なり破綻します。

愛ゆえに

さてさて、ここまで私が今まで実際にお会いした人たちを頭に浮かべながら”破綻”という点にだけ着目して書き進めてきましたが、この方々が結局どうだったのかというところまで思い出してみます。

介護する側は使命感から、ということも大いに考えられます。でもやっぱり自分の家族だから、配偶者の大事な親だから、という方がかなりの割合でみられます。

介護される側も、家族に心配をかけたくない、子供に面倒をかけられない、とぎりぎりまで頑張ってしまった結果どうにもならなくなってから問題が顕在化するなんてこともよくある話です。

この本人の気持ち、家族の気持ち、どちらにも共通しているのは互いを、誰かを想う気持ち、つまり家族愛なのではないかと私は考えます。そしてこの愛がなぜか双方を追い詰めてしまうというのはなんとも皮肉すぎやしないでしょうか。

思いあっているはずなのにすれ違う気持ち。初恋じゃあるまいし、みんな上手に気持ちをすり合わせられたらいいのにと心から願うばかりです。

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