
介護職の私が実際に遭遇した愉快で愛すべき利用者さんたちのエピソードをつづる記念すべき一回目です。
今回は、訪問介護をやっているときに出会った「タナカさん」が主人公のお話。第一回を飾るにふさわしい、何年も経った今でも時々思い出し、当時一緒に働いていた人と折につけて話題に上るような強烈なインパクトを放った事件のお話です。※実名ではありません。
タナカさんのこと
タナカさんは当時七十代の男性。
事情があり療養病棟に入院していたものの、入院先で色々とやらかしてしまったようで強制退院。身寄りもおらず有料老人ホームに入るような貯えもないため、退院後はおんぼろアパートの二階にある部屋で生活することに。
そうして一人暮らしを始めたものの、食事はもっぱら外食で済ませたり、弁当や総菜を購入して自宅で食べるような生活をずっと続けてきたため、家事は出来合いのものを温めるくらいしかできません。もともと弱ってきていた足腰は入院を経てさらに悪化、アパートの階段を上り下りすることもままならなくなっていました。
そうこうしているうちにタナカさんが食事もまともに用意できなくなっていることを知った行政が介入、当面生活ができるように訪問介護と契約と相成ったのでした。
タナカさんちのお仕事内容
とりあえずタナカさんが生きる=ごはんをちゃんと食べられるようにする、というのが喫緊の課題だったので、まずはヘルパーが買い物代行で入ることに。
ヘルパーなんだからメシくらい作れと思われるかもしれませんが、タナカさんちには調理器具がない。炊飯器やレンジもないどころかガスコンロすらない。コンロがないから鍋もない。ナイフくらいはあるかもしれないがまな板は見当たらない。だけどなぜだか冷蔵庫と電気ポットはある。
いくら家事を生業の一部とするヘルパーといえども、鍋もコンロもない家で料理をすることはなんぼなんでも不可能。というわけで我々は一日一回タナカさんちに訪問し、その日タナカさんが食べるものを買いに行き、残り時間はちょっとした掃除をするのでありました。
タナカさんのお部屋
タナカさんちには調理器具がない上、家具もあんまりない。生活に必要なものでここにあるのは万年床のせんべい布団と床に直置きされたブラウン管の小さなテレビくらい。
それなのに部屋の中は雑然としており、部屋の隅にいくらかの古びた衣装ケースと、ほうぼうに積まれた服なのかゴミなのか判別がつかない謎の山。タナカさんは歩行状態が悪いのでトイレに間に合わないこともしばしばあり、掃除をしても取れないこびりついたアンモニア臭。玄関ドアは下の方が腐りかけている木製扉、歪んでいるのか鍵がかからないオマケつき。
周囲を建物に囲まれているボロアパートなので日中でも薄暗く、ホコリと臭いがほんのり漂う不気味極まりない空間、それがタナカさんち。
愉快なタナカさん
ここまで聞いているとタナカさんちのお仕事が嫌だったのかと思われそうだけど、実は私そこまで嫌じゃなかったんですよね。
そりゃあ家汚いし、暗いし、臭いし、なんか不気味な空間ではあるんですけど。
他のヘルパーさんがお仕事を取ってくれなかったから私が行くしかないという責任感みたいなものもあったんですが、それよりもタナカさんのキャラがなんだか面白かったんです。
~タナカエピソード~
サ〇ウのごはん
レトルトパックのご飯を買ってきてと頼まれたもののレンジもないのにどうするんだという問いに対して、にっこりと笑いながら「ここに入れりゃああったまるだろ」と電気ポットの蓋を開ける。
脱走の理由
利用し始めて少し経った頃、不安定な日が多くなり入院することになった。界隈では”歩いて入院、棺桶に入って退院”と、ある意味有名な病院へ。もうお別れかと一抹の寂しさを抱えていたものの、一週間で自己退院(脱走)。どんな大層な理由があるのかと脱走の理由を尋ねると「あそこの病院(個人利用できる)テレビがねえんだ」
まあ、なかなか強烈なキャラクターですよね。でもやっぱり嫌いになれなかったんです。
そして事件が起きる
息も白む冬のある日、いつものようにタナカさんちを訪問。玄関の鍵もかからないような部屋に当然インターホンなどはなく、毎回大きな声でタナカさんを呼びながら入室します。
部屋に入ると相変わらず薄暗い部屋の中で、最近やっと手に入れた電気ストーブに当たるタナカさんがオレンジ色にぼうっと浮かんでいました。背中に光が当たっているため顔はよく見えません。
そんなタナカさんを目視すると同時にいつもの異臭に交じってそれとは違う臭いがしていることに気が付き、一瞬の逡巡ののち、それが”焦げ臭い”であることを理解。ここにはガスコンロもなければ、タナカさんは煙草も吸っていません。外で何かが燃えている臭いはしていませんでした。
部屋の中をぐるりと見まわし、タナカさんにまた目を向けると、
タナカさんの背中からうっすら白い煙が!
「ちょお!タナカさん燃えてるよ!!!!!!」とタナカさんに駆け寄り、慌ててストーブから引っ剥がします。そして当のタナカさんはというと、「なんだあ!?」と何が起こっているか理解できていない様子。
煙は出ているものの発火はしてなかったのでとにかく叩いて鎮火作業、無事煙はすぐ収まりました。
被害は軽微
利用し始めた当初からかなり耳が遠かったタナカさん、病院も嫌がって行かないためこの時にはほぼ聞こえてないんじゃないかと思うくらいに耳が遠くなっていました。
なので私が絶叫しながら近づいたことにも気づかず、タナカさんからしてみればいきなり引っ張られて背中をバシバシ叩かれたと思ったようで相当驚いていました。
私「タナカさん、背中燃えてたんだよ!」
タ「はあ?」
私「背中!燃えてたの!」
タ「はあ?」
私「も!」「え!」「て!」「た!」
タ「はあ?」
私「だめだこりゃ(ケアマネ召喚TEL)」
そうしてこうして、被害はタナカさんが着ていた化繊の上着がちょっと溶けたくらいで事なきを得たのでした。
その後のタナカさん
ケアマネさんがストーブに近づきすぎてはいけないと、滾々と時間をかけて説明したことが功を奏したのかこれ以降ボヤ騒ぎは起きることはありませんでした。
”かちかち山”で済んだから笑い話になりましたが、これが”ぼうぼう鳥”まで行っていたら笑い話になりません。危なかったですが結果論、あの日のあの時間に訪問できてよかったと今でも思います。
この数か月後、この事件と関係のない理由でタナカさんは入院となりこの時はもう脱走できる状態でもなく長期入院で契約終了、それから約一年後にご逝去されたそうです。
かちかち山のタナカさん、泥船じゃなくてちゃんと木の船で川を渡れたかなと時々思い出してはフフッとなっています。



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