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【シリーズ】貧困層の介護2-ホームレスと介護-

介護現場のリアル

この日本国において、誰しもが必要なときに、どんな人であっても介護が受けられるのは当然の権利とされています。一定の年齢を超えているか特定の疾病があり生活に支障がある場合には介護保険、それ以外は障がい者支援などの社会保障を受けられる仕組みがあります。

さて、これらの社会保障は受ける権利が誰しもにありますが、「受けない」選択をするのも自由です。富裕層の中にはこの公的サービスを使わずに専属の看護師やお手伝いさんを雇ったり、高級老人ホームと呼ばれる中でもさらに飛びぬけたレベルの一流ホテルも真っ青なゴージャス施設に入居することもあります。
有体に言えば、「金さえあればなんでもあり」なのです。大なり小なり欲のある人間は札束で頬を叩かれれば喜んで尻尾を振ってしまうのです。私だって大金持ちの要介護者に札束を鼻先にぶら下げられたら、謹んですべてのスキルを捧げる自信があります。

では反対に、介護を受けたくても受けられない人、すなわち

「金のない人間」である貧困層と呼ばれる人たちはどうするのでしょう?

介護という社会保障は受ける権利が必ずありますが、受けなくてもいい権利も同時に有します。あくまで権利であって義務ではないのです。
要は詭弁に近いのですが、困っていたとしても適切な支援の手が入るとは限らない、という矛盾を秘めています。

この「貧困層の介護」について実際に現場で見聞きしたことや体験したことをお伝えしていくわけですが、かなりボリュームが出てしまったため数パートに分けてシリーズとして公開しています。

今回はシリーズ2本目、”ホームレス”と介護についてのお話です。

\シリーズ1本目はこちらから/

家がなくても介護は受けられる?

まず結論から申し上げると、

路上生活者やブルーシートハウスなどの不法占拠者は介護保険を利用することはできません。

介護保険にしても健康保険にしても、大体の公的な支援は原則居住地での申請となります。
居住地=住民票の場所ということになるのですが、いわゆる「住所不定」と言われる人たちは住民登録されていないことがほとんどです。

また、河原や公園などに立派なブルーシート製の家を建てて住んでいる人もいますが、これは不法占拠にあたり「居住権」がないため当然住民登録はできません。

生まれた時から住民登録されていないことは無戸籍でもない限りあり得ませんが、ホームレスという選択をして家をなくしたり出ていった時点で住所不定として転出届を出している訳もなく、ほとんどの住所不定者は以前の住所に住民票を置いたままとなります。

では、介護が必要になったときに元の居住地に戻ればいいのかと言われると、そう簡単な話でもありません。

もちろん元の居住地に親族なりの家があり、そこに再び住むことができるということであればいいのですが、借家であればとうに他人の家になっているでしょうし場合によっては商業施設や更地になっていることもあるでしょう。
仮にまだ親族が居住していたとしても、なんらかの事情があって家を出ているわけですから、そこから再度住むことを許可してくれるかどうかも本人がそれを希望するかどうかもわかりません。

また、長期間居住の実態がなければ行政が住民登録抹消の手続きをとることがあります。一般的には5年から10年程度確認が取れなければ抹消されると言われています。
住民登録を抹消されてしまうといよいよ「どこにも住民登録されていない住所不定者」となってしまいます。

このように帰る家がない、どこにも住民登録されていない状態の人は残念ながらこのままでは介護保険を利用することは不可能です。

ホームレスでも介護保険を利用できることがある

ホームレスと言って一般的に想像するのは路上生活者やブルーシートハウス居住者でしょう。

ところが他にもホームレスと呼ばれる人がおり、それは「簡易宿泊所」の利用者を始めとする宿泊施設長期利用者です。インターネットカフェなどに住み着く「ネカフェ難民」と呼ばれる人たちも一部これに該当します。

あくまで宿泊施設を長期利用しているだけで通常の賃貸契約等とは異なるものですが、「居住実態」という点を考慮すれば”住んでいる”と解釈することができます。

先述の通り公的支援を受ける条件が「住民票があること」なので、こういった宿泊施設に住民票を置くことができれば介護保険を利用することが可能です。

簡易宿泊所とは?

皆さんは「ドヤ街」というものをご存じでしょうか?有名なところは東京の山谷地区、神奈川の寿町地区、大阪のあいりん地区などが挙げられます。

このドヤというのは”宿”をひっくり返した俗称で、もともとは日雇い労働に従事する人に向けた安価な宿泊施設を指します。
”簡易”宿泊所ですので室内は非常に狭く、2~3畳ほどの空間に布団と小さなテーブルがある程度です。トイレ、浴室、洗面台、キッチン、ランドリーなどすべて共用で、施設によってはシャワーが有料のところもあるようです。かつては各部屋にテレビを置いてあることが売り文句になるほどに本当に「寝るだけの空間」となっています。あえて率直な感想を言わせていただくと、「鉄格子のない独房」です。

上記の三つの地区から想像できる通り大都市にあり、主に肉体労働に従事する人が集まります。現代のように便利な機械類が豊富になかった時代は盛んに需要があったそうで、ドヤ街は早朝になるとあちらこちらに仕事を斡旋する人が訪れていたためその日の仕事には困らなかったそうです。

家出同然に故郷を捨ててきた人、出稼ぎにきた人、借金や何かから逃れてきた人、犯罪に手を染めて身を潜める人、様々な人がいたそうです。このドヤ街ではお互いの素性なんて知りませんし、仮に名乗ったとしても本名かどうかもわかりません。

かつてはそんな人たちが簡易宿泊所にひしめき合っていましたが、現代においては素性の知れない日雇い肉体労働の需要はほぼなくなってしまい、それに伴い労働者も減少したためかなりの数の簡易宿泊所が閉業しました。

今の簡易宿泊所は日雇い労働者で住居を得ないまま年老いてしまった人たちが長期的に宿泊していることがほとんどで、一部は海外の観光客やバックパッカーに向けた安価なホテルとして改装し営業する宿泊所も増えてきているようです。

ホームレスの介護需要

老齢でホームレスとなっている人たちの健康状態や経済状況が芳しくないのは言うまでもないでしょう。それまでの生活環境はお世辞にも良くないことがほとんどで、栄養バランスの取れた食事が望めるはずもなく、かなりの割合でお酒や煙草をたしなむ以上に摂取しており依存症のようになっていることもあります。

路上生活や肉体労働をずっと続けていることで身体への負担もかなり大きく、保険証を持っていないこともままあるため健康診断の受診をしている人はほぼいません。

つまり、かなり不健康な状態となっており、高齢者と呼ばれる年齢になっているときには何かしらの疾患を抱えていたり、体を酷使してきたことで歩行に支障がある状態に陥っていることもあります。さらに体が動かないからとそこから動けずに横になって過ごしていることで認知症の進行につながっていることもあります。

結果として潜在的なものを含めて高齢のホームレスにとって介護の需要は高いと考えられます。

これは”日本”で起きている本当の話

一応先進国と呼ばれる日本にあって、ここまで極端な貧困はないだろうと思われる方もいるでしょう。しかし残念ながら極端な貧困者、介護を受けることができない貧困者は確実に存在しています

そこから人間らしい暮らしに戻れた人自ら戻らないことを選択した人戻れなかった人、さまざまなケースに出会いました。ハッピーエンドもバッドエンドもどちらも経験してしまいました。

崩壊しかかっている今の世界に一石を投じる、とまでの壮大なことは言いませんが、いつか自分や周りの人がそうならないとも限りません。解決手段の話をし始めると政治の話になってしまうため、基本的には触れずにあくまで実態と少しの持論で収めていこうと思います。

ただ「日本のどこかにこういう環境、人間がいるのだ」と記憶に残ればと思いこのあとも書き進めていくため引き続きお読みいただけるとうれしいです。

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